21世紀は「IT」(情報技術)と「バイオ」(生命科学)の時代といわ
れています。ヒト遺伝子配列の解明もほぼ終了しました。今後どのような
ことが起きるのでしょうか。
●DNA
31億個もあるヒト遺伝情報の解読は今後 10年はかかると予想されていましたが、米国のベンチャー企業であるセレラ社がスーパーコンピューターを駆使して21世紀を待たずに終了しました。一九五三年米国のワトソンとクリニックが、遺伝情報はDNAと呼ばれる4種類の塩基物質の配列によって決定されることを発見して以来、遺伝も化学反応であることが判明しました。それを機に生物学と科学が融合した生化学が急速に発展しました。私も医学生の頃、生化学の実習で昆虫の唾液腺の細胞から糸のようなDNAを割りバシで巻き取った時は大いに感動したものです。今やDNAという言葉は小学生でも知っており、中国残留孤児の肉親探しや犯罪捜査に有力な武器となっています。以前ロシア革命で処刑されたニコライ2世の遺骨の鑑定にもDNAが使われたのは有名な話です。「ジュラシックパーク」という映画を御存知と思いますが、古代に恐竜の血を吸った蚊の化石からDNAを取り出して、実際に恐竜をよみ返らせると言うSFです。これも夢物語ではなく、マンモスの毛皮からDNAを取り出してゾウの生殖細胞の移植してマンモスを産まそうという研究が現在行われているそうです。
●遺伝子組み換え
我々の身近にも遺伝子組み換えによって作られた物質が多く出回っています。米国で生産されているダイズや、トウモロコシ、ジャガイモ等の農作物の1/3は遺伝子組み換えによるものです。これらの作物は害虫に強く、収穫量も多いという利点があり、急速に普及しています。しかし、人間に対しての安全性については、未だ確立されておらず、この4月からは遺伝子組み換え製品の標示が義務づけられることになっています。医薬部門では,糖尿病のインスリン製剤がバイオの産物です。1982年まではインスリン製剤は,ブタやウシの膵臓より抽出して作っていましたが、1頭のブタやウシから得られるインスリンは微々たるもので、当時は大変高価でした。またヒトのインスリンに最も似ているとされるブタインスリン(DNAが1組異なっているだけ)でさえ、ヒトに対してアレルギー反応を起こすことがあり、危険を覚悟で使用していました。その後ヒトのインスリンを作る遺伝子を大腸菌の核の中に植え込むという技術が開発されて、大腸菌が大量にヒトのインスリンを作るようになりました。安価でしかも安全なインスリンが手に入るようになったことは糖尿病の患者さんにとって朗報です。同様にしてヒトの成長ホルモン、インターフェロン、B型肝炎のワク チンも作られています。
●オーダーメイドの医療
ヒトの遺伝子情報が全て解明されたことは何を意味するのでしょうか。まず個人個人の遺伝子を調べることによって、ガンになり易い人、糖病・高血圧などの習慣病にかかり易い人など分かるようになります。そうすると胃ガンになり易い遺伝子を持つ人に対しては頻回に胃の検査を行うことによって早期に胃ガンを発見できるようになります。糖尿病になり易い遺伝子の人には、早目に食事・運動療法を徹底して行い糖尿病の予防ができ、個人に合った検査・治療を効率良く行うことができます。
更に薬の副作用の起き易い人が前もって分かれば、より安全に薬を選択
することができます。ただし、いい事ばかりではありません。個人の遺伝情報が漏れてしまうと、進学、就職、保険の加入、結婚などに際して差別が行われる恐れがあります。個人のプライバシーを守ることができるか否か大きな課題です。
●クローン人間
ブタのインスリンはヒトに最も近いと述べましたが、現在ブタの心臓弁や皮膚はヒトに移植されています。今後遺伝子操作によってヒトに対して拒絶反応を起こさないブタが作られるようになると、ブタの心臓や肝臓もどんどんヒトに移植されるようになるでしょう。更に技術が進歩すると、人間でも孫悟空のように自分の分身をたくさん作れるようになります。これがクローン人間です。自分の臓器が傷んでくると自分のクローン人間から臓器を取り出して移植することも不可能ではありません。既にクローン牛や羊や猿も作られており、クローン人間も技術的には現実の話になっています。
バイオ技術の進歩によって人類は多大な恩恵を受けるようになりました。反面無秩序な研究を放置しておくと人間の尊厳を大きく傷つける結果になる恐れがあります。技術の独走を許さないように厳しく監視する必要がありそうです。